カートリッジとトーンアームのマッチングについて
MCカートリッジのコンプライアンス
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コンプライアンスとは
アナログカートリッジにおけるコンプライアンス(Compliance)は、針先(カンチレバー)の動きやすさを知るための指標です。コンプライアンスの高いカートリッジほど音溝に対する追従性が良いため、軽い針圧でも歪みなく正確にレコードをトレース出来ます。一般に軽針圧カートリッジと言われるカートリッジはハイコンプライアンスカートリッジとも呼ばれ、現在では針圧2g程度を基準針圧としたカートリッジが一般的です。ダイナベクターのMCカートリッジも、針圧2g前後で使用するように設計されています。
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ダイナベクターカートリッジのコンプライアンス
コンプライアンスの数値には複数の規格があり、10Hzや100Hzを基準としたダイナミック(動的)なコンプライアンスと静止状態を基準としたスタティック(静的)なコンプライアンスに分けられます。これはカンチレバーの振動特性が周波数によって変化するからで、それぞれの値には若干の差がある事が知られています。ダイナベクターではスタティック(静的)なコンプライアンスを採用しています。
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理想的なコンプライアンスの値とは
残念ながら、コンプライアンス単体で理想的な値を決める事は出来ませんが、ダイナベクターでは一般的なトーンアームとのマッチングを考えて10~15mm/Nを基準にMCカートリッジを設計しています。
歴史的に見て、SP盤の時代など昔のカートリッジはコンプライアンスが低く(ローコンプライアンス)、LP盤の登場あたりからコンプライアンスが高く(ハイコンプライアンス)変化してきた傾向があります。1960年代から1970年代ごろのハイコンプライアンス全盛期には「コンプライアンスは高ければ高いほど良い」という考え方もあったようです。現在では極端には高くはせず、ほどほどの値に設定しているカートリッジが主流になっています。その要因の一つに、トーンアームとカートリッジのマッチングの計算が挙げられます。
トーンアームとのマッチングにおけるコンプライアンス
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最低共振周波数(\(f_0\))について
トーンアームとカートリッジのマッチングの際に気を付けるべき指標の一つに、最低共振周波数(\(f_0\))という物があります。これはトーンアームの実効質量、ヘッドシェルの質量(取付ネジやワッシャの質量も含む)、カートリッジの質量およびカートリッジのコンプライアンス値によって計算できる物理的特性のひとつで、そのシステムが持つ低域の特性を知るために重要な数値です。
「最低共振周波数(\(f_0\))」という言葉は知らなくても、「軽針圧カートリッジは軽量級アーム、重針圧カートリッジは重量級アーム」と言った組み合わせのセオリーや、「重針圧カートリッジは重量級アームでないと低音が出ない」と言った経験則としてご存じの方もいらっしゃるでしょう。
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トーンアームの実効質量とは?
トーンアーム全体の重さ(自重)とは異なり、トーンアームが動作する際の慣性質量(動きやすさ)を表す値です。
感覚的には、ヘッドシェルの指かけを指で持って上下もしくは左右にやや早めに動かしてみると、慣性の大小を感じられるはずです。
トーンアームの長さや太さなどの外見から分かる部分だけでなく、アームパイプの素材や厚み、軸受構造、ダンピングなどによっても変化し、正確な測定には特殊な機材が必要になります。
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最低共振周波数(\(f_0\))の計算方法
最低共振周波数\(f_0\)は以下の式で計算出来ます。
\[ f_0 = \frac{ 159 }{ \sqrt{ m \cdot c } } \]
\(m\): 質量の合計値(g)
※トーンアームの実効質量 + ヘッドシェルの質量(取付ネジやワッシャの質量を含む) + カートリッジの質量
\(c\): カートリッジのコンプライアンス (mm/N) ※単位は1mm/N=1×10^6cm/dynにて変換出来ます
159: 最低共振周波数(\(f_0\))をHzに変換するための係数 (1,000 ÷ 2π)
一般に、この最低共振周波数(\(f_0\))が8~12Hz程度になるようにカートリッジとトーンアームを組み合わせる事が良いとされています。
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実際の計算例
仮に、MCカートリッジXX-2Aを例として最低共振周波数(\(f_0\))を計算してみる事にします。
XX-2Aのコンプライアンスは10mm/N、自重9.3gです。これを実効質量12.5gのアーム、質量11gのヘッドシェルに取り付けた際の最低共振周波数(\(f_0\))は約8.8Hzです。
別の組み合わせとして、同じカートリッジを実効質量9gのアーム、質量8gのヘッドシェルに取り付けた場合は、最低共振周波数(\(f_0\))は約9.8Hzになります。
いずれも最低共振周波数(\(f_0\))は8~12Hzの範囲内のためマッチングしていると言えますが、8.8Hzと9.8Hzの違いにより低域/高域それぞれの鳴りやバランスが異なる点には注意して下さい。
カートリッジとトーンアームのマッチングにおける課題
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最低共振周波数\(f_0\)が高すぎたり低すぎたりすると、どうなるのか?
トーンアームとカートリッジの組み合わせによって決まる最低共振周波数\(f_0\)は、それらの組み合わせによって再生できる低音域の限界値を表しています。
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●最低共振周波数\(f_0\)が高すぎる場合
コンプライアンスが低く、針先の反応の悪いカートリッジと実効質量の小さいトーンアームを組み合わせた場合は、\(f_0\)が高くなりすぎる可能性があります。
最低共振周波数\(f_0\)が高すぎる(13Hz以上)場合は、ピックアップの低域再生能力が低くなるため、低域のエネルギー感が損なわれたり、大振幅の信号を再生する際の再現性が悪くなったりしてしまいます。
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●最低共振周波数\(f_0\)が低すぎる場合
コンプライアンスが高く、針先の反応の良いカートリッジと実効質量の大きいトーンアームを組み合わせた場合は、\(f_0\)が低くなりすぎる可能性があります。
最低共振周波数\(f_0\)が高すぎる場合とは異なり、ピックアップの低域再生能力が上がるため、一見すると\(f_0\)は低い方が良い様に感じてしまいますが、\(f_0\)が低すぎる(7Hz以下)場合はレコードの「そり」などのノイズ成分までを信号として再生しようとするため、高域が出にくい(過度な低域にマスクされてしまう)傾向になってしまいます。
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カートリッジとトーンアームを組み合わせる際は、以上の要素を踏まえ、最低共振周波数\(f_0\)が適切な値となる様に選択する事が、相性の良いピックアップを構築するためのポイントとなります。
一方で、トーンアームを選択する際、スペック情報として実効質量を掲載しているメーカーがあまり多くない点。さらに、カートリッジのコンプライアンスが一定ではなく、温度などの使用環境の変化や経年変化によって変動してしまう点などから、最低共振周波数\(f_0\)を適切な値にする難しさが課題となっています。
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ダイナベクターカートリッジとトーンアームのマッチング
ダイナベクターのMCカートリッジは軽量級~中量級のほとんどのトーンアームとマッチングするように設計されています。ただし、最適な組み合わせはヘッドシェルの質量との兼ね合いや音の好みによっても異なりますので、お使いのシステム構成などに合わせて調整するようにして下さい。
なお、質量分離型トーンアームDV 507MkIIは水平/垂直の2方向で異なる実効質量を持った画期的なトーンアームで、ダイナベクターカートリッジを含むほとんどのカートリッジに対して十分な低域と伸びやかな高域を両立出来る構造になっています。トーンアームとカートリッジのマッチング、特に低域の再生に課題をお持ちの方は、ぜひDV 507MkIIをお使い下さい。